こんな日が来るなんて思えなかった。
日本のバスケットボールは「対立」の歴史だった。出身大学や出身実業団の派閥争いに終始した。日刊スポーツで若い頃バスケット担当になった際「おまえの大学（筑波）は存在感がないな」と言われた。心の中でそんなのどうでもいい、と思った。さらに原稿が難解だとも言われた。「バスケはマイナーなんだから専門的なことを書いても読者にはわからない」と。今思えば一理あると思うが、日本のバスケが下に見られたような気がして心の中で泣いた。
私が小学生の時、日本の女子は強かった。アジア大会で優勝した。忍者ディフェンスというオールコートプレスで大きな外国人たちを翻弄し、外角シュートをスパスパ入れた。3点シュートのなかった時代の快挙。今思えばすごいことだ。ニュースで少し見ただけだったが、躍動するそのスポーツに魅せられ私はバスケを選んだ。当時の身長は158センチ。市内に女子バレーで全国制覇した高校があり、そこの顧問の先生が小学6年生だった私の家に来て「君が行く中学にはバレー部がないから越境してこっちの中学に行ってはどうか」と言った。親に言って断ってもらった。直後の世界選手権（今のW杯）で日本女子は準優勝した。
そんな歴史があって、私はバスケットを続けた。
入った高校は1学年上に日本代表のエースになるような選手がいた。それなのにインターハイベスト8までしか行けなかった。高校2年のことだ。準々決勝で対戦したのは、渡辺雄太の母久美さん（旧姓久保田）が率いる甲子園学院高校。私のマークマンではなかったが、ピック＆ロールして彼女につくことがあった。後に日本代表主将を務めた久美さんは１試合30点とか40点とか入れてしまう超高校級選手だった。凄い威圧感だった。下がるとシュートを決められ、間合いを20センチ詰めると抜かれた。久美さんは優勝した。渡辺家に取材に行ったこともある。久美さんたち夫婦は歓迎してくれ、泊めてくれた。
バスケット界隈の人たちは、渡辺さんをはじめ、やさしくフレンドリーで楽しい人が多い。それなのに中央ではいがみ合いが続いた。
2000年の始めにbjリーグが生まれた。日本男子バスケットが２つのリーグに分裂された。ｂjからの日本代表選出やJBLとbjリーグの交流戦は長らく実現しなかった。2007年にはオーエスジーフェニックス東三河がライジング福岡との交流戦を行う予定であったが、協会がこれを承認せず中止に追い込まれた。
FIBAからは2008年から「一国家でひとつのリーグが理想」と統合を迫られたが、なかなか進まなかった。2013年に新リーグのナショナル・バスケットボール・リーグ（NBL）が開幕したが、bjリーグからの参加は千葉ジェッツ1チームにとどまり統合は失敗した。
2013年にバスケット部員の自死が発覚し大騒ぎになったが、統合問題を抱える協会は対応するどころではなかった。2014年にFIBAからJBAの資格停止処分が下され、16年のリオ五輪の出場が危うくなった。当時の協会幹部が「男子はともかく、メダルを狙える女子には申し訳ない」と話したのを憶えている。男子はともかく、というのは端から出場権を獲れるなんて思っていなかった、ということだ。代表に招集されても選手はそんなに喜んでいるように見えなかった。目標が見えなかったのだと思う。
その後何とか問題解決された2016年春。リオ五輪世界最終予選に向けた合宿に参加した渡辺雄太と初めて会った。ジョージ・ワシントン大留学中だったが帰国してくれたのだ。囲み取材の後に「おうちまで行ったんだよ」と小声で話したら「えーっ！本当ですか」と驚いていた。
あの人懐こい笑顔を見せた青年は昨夜、コートでユニフォームをつかんで顔に当て泣いていた。顔は覆われて見えなかったが、私には久美さんがうれし涙を流す姿が浮かんだ。
48年ぶりの快挙は、日本のバスケ人たちが融合し協働した成果だと思う。無論まだまだがたついているところもあろう。指導者改善も道半ばだ。だが、私たちは間違いなくひとつになろうとしている。
記事は昨夜執筆し、今朝アップしたもの。トム・ホーバスＨＣの手腕の中身を描かせてもらった。明日発売の『ＡＥＲＡ』では渡辺雄太を軸に書いています。併せてご笑覧ください。
トム・ホーバスHCが「鬼コーチ」の顔封印…男子バスケ「自力でパリ五輪」4つの理由（島沢 優子） | FRaU (gendai.media)
